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東京地方裁判所 平成元年(ワ)70094号 判決

本訴原告

株式会社大東化成

右代表者代表取締役

野内秋雄

右訴訟代理人弁護士

小池剛彦

本訴被告

株式会社ラッキーフーヅ

右代表者代表取締役

山口昭弘

右訴訟代理人弁護士

柴田五郎

淵脇みどり

主文

一  本訴原告及び本訴被告間の東京地方裁判所昭和六三年(手ワ)第九五二号為替手形金請求事件について、同裁判所が平成元年三月七日言い渡した手形判決を認可する。

二  本訴原告及び本訴被告間の東京地方裁判所昭和六三年(手ワ)第六八九号約束手形金請求事件について、同裁判所が昭和六三年一〇月七日言い渡した手形判決を認可する。

三  異議申立後の訴訟費用はいずれも本訴被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴被告(以下「被告」という。)は本訴原告(以下「原告」という。)に対し、金一四〇〇万円及びこれに対する昭和六三年五月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告に対し、金二一〇〇万円及びこれに対する昭和六三年五月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙手形目録(一)記載の為替手形四通(以下「本件為替手形」という。)及び別紙手形目録(二)記載の約束手形二通(以下「本件約束手形」という。)を所持している。

2  被告は本件為替手形の引受及び本件約束手形の振出をした。

3  本件為替手形及び本件約束手形は、支払期日に支払場所に呈示された。

二  請求原因に対する認否

全て認める。

三  抗弁

1(一)  被告は、千葉県安房郡〈住所略〉被告会社地内における原料受入プラント増設及び自動化設備工事(以下「本件工事」という。)に関する請負契約を、訴外サンキ工業株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で締結し、右訴外会社に本件工事を遂行する資金を得させるため、訴外会社の社員である訴外二瓶吉之助(以下「訴外人」という。)の求めにより、①訴外人が本件為替手形を含む九通の為替手形(計三〇〇〇万円)を割引により現金化して、うち二〇〇〇万円を被告の運転資金とし、一〇〇〇万円を訴外会社の運転資金とする、②右各為替手形を割り引いてもらえなかった場合、訴外人は直ちに本件為替手形を被告に返還する、③訴外会社及び訴外人は被告に対し右各為替手形金の請求をしないとの約束のもとに、昭和六二年一二月二七日、前記九通の為替手形に引受をした。

(二)  原告は、昭和六二年一二月末、訴外人から本件為替手形の交付を受けるにあたり、右(一)の事情を知っていた。仮に、原告が右(一)の事情を知ったうえ本件為替手形を自ら割り引いたものであるとしても、被告は原告から本件為替手形割引金のうち二〇〇万円しか受領していないから、これを越える部分についての支払義務はない。

2  被告は原告に対して本件約束手形を振り出すにあたり、本件約束手形は信用を得るため融資先に見せる目的でのみ使用すべきことを申し入れ、原告はこれを了承した。仮にそうでないとしても、本件約束手形は割引のため原告に交付したものであるが、被告は原告から本件約束手形割引金のうち八〇〇万円しか受領していないから、これを越える部分(一三〇〇万円)についての支払義務はない。

3  仮に1及び2記載の抗弁が認められないとしても、以下のとおり原因関係消滅相殺の抗弁を予備的に主張する。

(一) 本件約束手形は、本件工事請負契約に基づき訴外会社が被告に対して負う一切の債務につき原告が連帯して保証する旨約したことに基づき、本件工事請負契約に基づく一一四〇万円の請負代金支払のため、原告を受取人として振り出されたものであって、本件約束手形金のうち右金額を越える部分についてはそもそも原因関係が存在せず、さらに、訴外会社は、本件工事をするにつき、プラント設置用の土地利用関係の調査確定義務及びプラント設置位置変更に関する事前協議義務を怠ったうえ、本件工事遂行義務も履行しなかったので、被告は昭和六三年六月二二日に本件約束手形の原因関係である本件工事請負契約を右各債務不履行を理由として解除した。よって、前記一一四〇万円の支払義務も消滅し、結局、本件約束手形の原因関係は存在しない。

(三) 前記のとおり、原告は本件工事請負契約に基づき訴外会社が被告に対して負う一切の債務につき連帯して保証しているところ、訴外会社の(一)記載の債務不履行及び解除に基づく原状回復義務の不履行により、被告は二二一八万三〇三五円の損害を被ったので、被告は訴外会社及び原告に対し右同額の損害賠償請求権を有する。そこで、被告は、本訴訟において、右損害賠償請求権と原告の本件為替手形金及び本件約束手形金請求権を対当額で相殺する。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁1(一)記載の事実のうち、被告が昭和六三年一二月二七日訴外人の求めにより本件為替手形の引受をしたことは認めるが、その余は知らない。

2  抗弁1(二)記載の事実のうち、昭和六二年一二月末、原告が訴外人から本件為替手形の交付を受けた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

原告は昭和六二年一二月末ころ、原告の訴外会社に対する売掛金等の支払を受けるため、訴外会社の社員である訴外人から本件為替手形の交付を受けたものであって、右時点においては、本件為替手形が融通手形であることを知らなかった。

原告が後記のとおり三通の約束手形の交付を受けた後、訴外人から原告に対し、本件為替手形は被告に返還しなければならない旨の話があったが、原告は売掛金の支払のために交付を受けた以上返還には応じられない旨回答し、代わりに後記約束手形のうち額面一四〇〇万円の約束手形一通を被告に返還したものである。

なお、原告が被告に対し、昭和六三年一月一八日二〇〇万円を送金している事実は認めるが、これは本件為替手形とは関係のない貸付金である。

3  抗弁2記載の事実は否認する。

原告は、昭和六二年一二月末ころ訴外会社から本件工事を下請けし、昭和六三年一月一五日、被告は原告に対し、訴外会社の原告に対する下請け代金支払義務を連帯して保証する旨を約し、同日、右連帯保証債務の担保のために本件約束手形を含む約束手形三通(額面合計三五〇〇万円)の振出を受けたものである。

なお、原告が被告に対し、昭和六三年一月二六日八〇〇万円を送金している事実は認めるが、これは本件約束手形とは関係のない貸付金である。

4  抗弁3について

(一) 抗弁3は時機に遅れた抗弁であるから、却下を求める。

被告が抗弁3として主張する事実は、すでに千葉地方裁判所平成二年(ワ)第一六一五号損害賠償請求事件(以下「別訴事件」という。)において主張している事実と同一の事実であって、被告は、平成二年一一月ころ右別訴事件を提起しているのであるから、本件において、原告代表者の尋問がほぼ終了し、当裁判所における本件訴訟の審理が終結するに至る段階においてこれを主張することは、民事訴訟法一三九条に照らし許されない。

(二) 抗弁3記載の各事実については否認する。

理由

一請求原因事実は当事者間に争いがない。

二抗弁1について

1  〈証拠〉によれば、抗弁1(一)の事実が認められる。

2  〈証拠〉によれば、被告は、昭和六二年夏ごろ、千葉県中小企業振興公社(以下「公社」という。)の設備近代化資金貸付制度を利用して、原料受入プラントの貸与を受け、かつ運転資金を調達することを計画し、公社に対してはプラント工事(本件工事)代金額を五〇〇〇万円として申請する一方、昭和六二年一二月下旬ころ、本件工事を訴外会社に一五〇〇万円で請け負わせ、その差額を運転資金に充てることとしたが、公社から貸付金が交付されるのが工事完了後であるため、訴外会社の工事遂行資金を調達する必要に迫られ、訴外人の提案により、昭和六二年一二月二七日、本件為替手形を含む九通の自己受為替手形を振り出して、これを割引により現金化することにしたこと、訴外人は当初殖産銀行福島支店で右各為替手形の割引を受けることを考えており、被告代表者にもその旨話していたが、同銀行での割引はできなかったため、被告代表者の了解を得て他の割引先を探していたこと、の各事実を認めることができるが、一方、原告は、栗原なる会社から訴外会社が受注した喜多方及び米沢の採石プラント工事を、昭和六二年六月ころ約二〇〇〇万円で下請けし、さらに右栗原から工事代金が支払われるまでの運転資金として訴外会社に約三〇〇〇万円を貸し付けたが、同年一二月当時右下請代金及び貸付金は未回収であり、原告がこれらの債権等の支払のため前記為替手形の交付を受けたことも推認でき、また、既に認定したところによれば、もともと前記九通の為替手形の割引金のうち一〇〇〇万円は訴外会社の運転資金に充てられることが予定されていたのであるから、前記各事実があるからといって、原告が訴外人から本件為替手形の交付を受けた昭和六二年一二月末の時点において(右交付の時期については当事者間に争いがない。)抗弁1(一)記載の各事情を知っていたということはできず、他に抗弁1(二)記載の事実を認めるに足りる証拠はない。

もっとも、前掲各証拠によれば、原告代表者は、昭和六三年一月一五日、訴外人とともに被告方を訪れ、本件工事遂行にあたり訴外人の紹介により訴外会社を資金面で援助し、指揮監督する旨被告に申し出たこと、右申し出の際、訴外人は本件為替手形を被告に返還する旨約したが、その時既に訴外人は本件手形を原告に譲渡していたのであるから、訴外人が右返還約束をすることは原告にとって意外なことであるはずであるのに、原告代表者はこれに対して何らの異議もとなえなかったこと、の各事実を認めることができるけれども、被告代表者及び原告代表者各本人尋問の結果によれば、原告代表者は昭和六三年一月七日に被告代表者から前記九通の為替手形の振出経緯を聞いていることが認められるのであるから、右各事実は前記認定の妨げにはならない。

三抗弁2について

〈証拠〉によれば、①本件約束手形を含む三通の約束手形(額面合計三五〇〇万円)は昭和六三年一月一五日に原告に対して振り出されたものであるところ、同日、被告と訴外人との間においては、融通手形である前記九通の為替手形を被告に返還する旨の合意がなされていること、②原告は本件為替手形に代えて前記三通の約束手形のうち額面一四〇〇万円のものを訴外人を介して被告に返還していること、③原告は、昭和六三年一月二六日に八〇〇万円を被告に送金していること、④原告は、被告から前記三通の約束手形の交付を受けた際に、右各手形を預かった旨の「預り書」と題する書面を被告に交付し、その後、二本松信用金庫本宮支店に本件手形を預けたことを示す同支店発行の「お預り証」と題する書面の写しを被告に送付していることがそれぞれ認められるが、一方において、〈証拠〉によれば、被告は本件工事により公社から運転資金を引き出そうと目論んでいたところ、訴外会社はもちろんのこと被告も本件工事を遂行する資金がなかったため、前記のとおり九通の自己受為替手形を被告が振り出して資金を調達しようとしたが割引先が見つからず、結局、原告の信用により本件工事を遂行する資金を調達するほかない状態となったので、昭和六三年一月一五日、原告は被告に対し本件工事を原告の資金ないし信用で完了させる旨約したのであって、被告の信用によって本件工事を遂行しようとしていたそれ以前とは事情が基本的に異なるに至ったこと、設備近代化資金貸付制度を利用して公社から五〇〇〇万円を引き出すためには、借受人である被告会社が存続することが必要であり、原告にとっても被告を倒産させるわけにはいかなかったこと及び原告から被告に対して昭和六三年一二月三〇日に四五〇万円が振り込まれており、これは本件各手形とは関係のない貸付金であることが認められるのであるから、これらの事情を総合すると、昭和六三年一月一五日の段階において、原告と被告との間には、公社から支払われる五〇〇〇万円のうち、前記三通の約束手形金に相当する額(三五〇〇万円)については原告が取得する旨の合意がなされたとみることが十分に可能であり、また、本件各手形の割引金額と本件工事の実際の工事代金との差額を被告に対して貸し付けたとしても、公社から五〇〇〇万円が確実に支払われる限り、原告にとって特段の不利益はないのであるから、原告から被告に送金された八〇〇万円が被告に対する貸付金であると考えることも十分に可能であるといわなければならない。

従って、前記①ないし④の各事実から直ちに抗弁2の事実を推認することはできないというべきである。

また、〈証拠〉は、原告の署名等が一切ないうえ、その内容も不明確で体裁も走り書きの域を出るものでないから、昭和六三年一月一五日における原告被告間の合意内容を記載したものとは認められない。

以上認定したところに照らすと、本件約束手形が見せ手形ないし融通手形であるとの被告代表者本人の供述は信用することができず、他に、抗弁2の事実を認めるに足りる証拠はない。

四抗弁3について

弁論の全趣旨によれば、抗弁3記載の各事実は、千葉地方裁判所で係属中の別訴事件において被告が主張している事実と同一の事実であるところ、被告は、平成二年一一月ころ右別訴事件を提起していること、本件は、当初被告本人が訴訟活動をしていたが、平成元年九月、訴訟代理人が選任されたことから、本件訴訟における主張を整理することとし、被告訴訟代理人は、これに伴って平成元年一〇月三一日付け、平成二年一月一八日付け及び同年四月二〇日付け各準備書面を提出したこと、当裁判所はこれに従って証拠調べを実施することとなり、被告代表者本人尋問及び原告代表者本人尋問を行ったこと、本件において、被告は原告代表者本人の主尋問終了後初めて抗弁3記載の事実を主張するに至ったことの各事実が認められ、右各事実によれば、本件訴訟の手続は、当事者双方において争点を整理した上で証拠調べを実施し、その証拠調べの手続がほぼ終了した段階にあるところ、抗弁3の主張は本件訴訟における従前の主張とは全く異なる新たな争点を提示するものであるということができる。そして、右主張の内容を検討すると、これまで実施してきた本件訴訟における審理等の結果を援用した上で抗弁3の主張を展開し維持することは困難であるから、これを審理するとすれば、再度その主張を整理して証拠調べを実施しなければならず、訴訟の遅延をもたらすことは明白である。さらに、被告は、抗弁3の各事実をすでに別訴事件において主張立証しているところであるから、遅くとも原告代表者本人尋問に入る前にはこれを主張しえたにもかかわらず、本件訴訟手続が終結するに至った段階において初めて主張するに至ったことを鑑みると、抗弁3は時機に遅れた抗弁であって、民事訴訟法一三九条により却下するのが相当であるといわざるを得ない。

五以上の事実によれば、原告の請求はいずれも理由があるから認容すべきであり、これと符合する主文記載の各手形判決をいずれも認可することとし、異議申立後の訴訟費用の負担につき民事訴訟法四五八条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官星野雅紀 裁判官坂野征四郎 裁判官山之内紀行)

別紙手形目録(一)

為替手形

一 手形番号 SA六一四〇九

金額 金三、五〇〇、〇〇〇円

支払期日 昭和六三年五月三一日

支払地 東京都渋谷区

支払場所 東京相互銀行代々木八幡支店

振出日 昭和六二年一二月二一日

振出地 福島県安達郡本宮町

振出人 原告

支払人兼

引受人 被告

受取人 原告

二 手形番号 SA六一四一〇

手形の記載は、全て上記一の為替手形に同じ。

三 手形番号 SA六一四一一

手形の記載は、全て上記一の為替手形に同じ。

四 手形番号 SA六一四一二

手形の記載は、全て上記一の為替手形に同じ。

別紙手形目録(二)

約束手形

一 額面金額 金一〇〇〇万円

支払期日 昭和六三年五月三一日

支払地 東京都中野区

支払場所 西武信用金庫薬師駅前支店

振出日 昭和六三年一月一五日

振出地 東京都北区

振出人 被告

受取人 原告

二 額面金額 金一一〇〇万円

支払期日、支払地、支払場所、振出日、振出地、振出人、受取人は上記一の約束手形に同じ。

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